東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2456号 判決 1969年6月30日
理由
原判決添付別紙第一目録記載の不動産が被控訴人の所有であること、右不動産につき控訴人らのため被控訴人の主張する根抵当権設定登記及び根抵当権移転登記がなされていることは、いずれも当事者間に争がない。そこで、まず、控訴人竹田喜八郎のために設定された右根抵当権設定登記は被控訴人の意思に基いてなされたものであるかどうかの点につき判断するに、《証拠》を綜合すれば、「被控訴人の弟である鎌江良二はかねてオルガン用パイプ椅子等製造の業務を営んでいたもので、控訴人竹田喜八郎のため本件根抵当権設定登記がなされた前年頃、双葉工業株式会社を設立することとし、被控訴人及び訴外山下哲司の了解を得て同人らをもその発起人に加えることとした。しかし同会社設立について資金が不足し、約二〇〇万円位を調達する必要があつたので、金融面を担当した山下哲司(金融業を営んでいた)において個人として他から借入れ、右良二に貸渡すか、あるいは良二に借入れを斡旋し、この借入金を右良二の前記会社に対する出資金にあてることとなつた。そこで良二からその金策を依頼された山下哲司は、結局みずからこれを控訴人竹田喜八郎から借入れた上更にこれを良二に対して貸渡すこととなつたが、保証人が必要となつたので、良二は実兄である被控訴人の工場で同人に対し保証人となることを依頼した。しかし、右依頼にあたり良二は、貸主について名古屋相互銀行である旨いつわりを告げて被控訴人を安心させ、乙第一号証の二(被控訴人署名押印部分の成立には争がないが、その余の被控訴人作成部分の成立には争がある。鎌江良二作成部分の成立には争がない)の用紙(「根抵当権設定契約書」なる表題その他の不動文字の印刷はあるが空欄部分には記入のないもの)に保証人としての署名を求めたところ、被控訴人自らその保証人欄に署名し、その際手許に実印がなかつたため良二に対し被控訴人の実印を名下に押捺することを許諾したので良二は被控訴人の居宅におもむきその母親から右実印を借出して押捺した。その借出の際良二は右母親から同時に前記第一目録の不動産の権利証をも勝手に借出し、以後重ねて借り増しが容易となるよう、本件貸金については右不動産の上に根抵当権を設定することを企て、前記乙第一号証の二の根抵当権設定契約書の用紙を用いて控訴人竹田と被控訴人間に本件根抵当権設定契約が成立したかのように書類上の体裁をととのえた上、控訴人竹田から前記資金を借り出したこと、被控訴人は前記署名にあたり、右契約書中不動文字の印刷文言を十分熟読しうべき余裕もあり、またその空欄は後に補充されるであろうこともまた充分認識しえた状況のもとでこれに署名したのであつたけれども、被控訴人は、本件金員の借受先が名古屋相互銀行である旨良二から告げられていたこと前記のとおりであるから借入先が控訴人竹田であるとは知る由もなかつたし、また右権利証が被控訴人に返還されたときには前示甲第二、第三号証は一体をなした文書であるに拘わらず同第三号証の根抵当権設定に関する登記所の官印等のある部分だけ取はずして返還されたこと(かかる取りはずしが行われたのは良二が本件借入に関する自分の虚言が暴露するのをおそれてしたことと推測できる)が認められる。そうであるとすれば、右認定の事実関係のもとにおいては前記乙第一号証の二の被控訴人の署名の肩書「保証人」の上に「根抵当権設定者」なるペン書の記入は被控訴人の承諾がないにも拘わらず後に権限のない者によつてなされたものであるというほかはないから同人が本件根抵当権設定をしたことの証拠とはなし難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
控訴人らは、良二ないし山下哲司に右根抵当権設定について被控訴人を代理する権限があつたか、すくなくとも民法第一一〇条の表見代理が成立するものの如く主張するが、良二ないし山下哲司に根抵当権設定の代理権があつたとの証拠はなく(原審ならびに当審証人山下哲司の各証言中右主張にそうような部分は信用できない。)、また民法第一一〇条の表見代理の成立についても、これを肯認するに足るべき十分の立証がないから控訴人らの右主張は採用できない。
してみると控訴人竹田喜八郎のためになされた本件根抵当権設定登記は実体関係を伴わない点において無効であり、ひいて控訴人新村安平のためになされた右根抵当権移転登記もまたその余の判断をするまでもなく無効であつて、右各登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。よつてこれを認容した原判決は正当であつて、控訴人らの本件控訴は理由がないから、これを棄却する。